ニセ仙人山籠もり

今はいない、無二の友

2017年11月6日 | 雑記
 思いたって、今日(2017年11月5日)、今は無き、無二の友のお墓参りをしてきた。11月6日は彼の七回忌である。
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1900年の懸賞問題——社会ダーウィニズム、一つの頂点

2017年10月27日 | 社会ダーウィニズム, 進化論
 名前ばかり有名で、ほとんど研究されてきてはいない歴史的な対象がいくつかある。とくに日本の知的社会は、このような研究の‟空洞”をいくつか抱えている。  その代表例が‟社会ダーウィニズム”である。
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第1回ドイツ社会学者会議(1910年)における、A・プレッツに対するM・ウェーバーの反対意見

2017年10月21日 | 優生学史, 社会ダーウィニズム
 40年ほど前、社会思想史学会で、有名教授に怒鳴りつけられた事情をこのブログに書きとめたら、少なくない方々の興味を引いたようである。  誤解のないよう改めて強調しておくが、私はこの教授を非難するつもりなぞ毛頭ないことである。  氏の怒りは、正真正銘本物であった。それは、戦後日本の良心的知識人が強く抱いた信念体系そのものであった。
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東大教授の恫喝——優生学史研究を始めたころ

2017年10月4日 | 優生学史, 社会ダーウィニズム, 自跋
 今は、優生学史の研究をすると言っても誰も怪しまない。ましてや、それを危険視することなど絶対にない。だが1970年代末は、事態はまったく違っていた。  数年前、ある大学の学位請求論文に、優生学史研究が提出され、審査員を依頼された。内容的にはじゅうぶんで何の問題もなかった。だが、この分野からしばらく遠ざかっていた私には、清々と優生学史が論じられ、議論が進んでいく雰囲気に、違和感を隠せなかった。私がドイツ優生学史を始めた当時、このような研究はナチス復活につながる危険な兆候と糾弾され、それに必死に抵抗した。そのことが、鮮やかによみがえってきたのである。
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商品としての研究——不便なところに商機あり

2017年9月27日 | アカデミズム批判, 科学評論, 雑記
 京都大学人文科学研究所で開かれた、「生物学史夏の学校」の今年のテーマが「オープンサイエンス」であったので、9月23日(土)だけ参加した。ただし現在の日本では、オープンサイエンスという概念は、まだまだ生煮えの状態にあると思う。それにつけても、いまから12年前に書いた「商品としての研究」という記事を配布して、もっと積極的に議論に加わるべきであった。反省することしきりである。  そこで、この記事を少し修正して再録しておく。
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自跋:『ニュートン主義の罠——バイオエピステモロジーⅡ』

2017年9月7日 | 機械論と生気論, 科学哲学, 自跋
 とくに見通しがあって書き始めたわけではないのだが、今回(2017年8月)、『ニュートン主義の罠——バイオエピステモロジーⅡ』(書籍工房早山)を出したことで、『バイオエピステモロジー』(2015年8月、同)、『時間と生命』(2010年9月、同)の“バイオエピステモロジー三部作”をまとめることができた。 もう一冊、わかりやすい集成版を書いてみたいと思っている。
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E・ヘッケルの評価と位置づけ——生物世界の解釈革命

2017年8月9日 | 機械論と生気論, 進化論
進化論的世界像を構築し、提供し続けること  現在の生命科学は、生化学の上に展開している。詳細は省くが、そう断言してよい。そして、この光景は「生命は物理・化学によって説明される」という‟機械論”が、現代の生命科学の基盤を形成し、不動の地位を占めていることを意味する。  この次元の問題を考察の対象とする学問的立場、もしくは、自然に対する科学が拠って立つ認識の形を問題にする立場を、ここでは「自然哲学」と呼ぶことにする。当然、現在の生命科学が立脚するのは、ある特徴をもった機械論である。そして、このの機械論の源をたどっていくと、19世紀ドイツ生物学における機械論(Mechanismus)に行きあたる。
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孤高の人——今西錦司

2017年7月30日 | 科学評論, 自跋, 進化論
私が、俗にいう‘今西進化論’の信奉者だと思っている人が意外に多いことに、最近、気がついた。そもそも、今西錦司氏本人ですら、ダーウィンの自然選択説を認めないからと言って、ご自分が独自の進化論を主張したとは、あまり思っておられなかったのではないか。
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ブログ再開

2017年7月4日 | 雑記
 5年間、ブログを放置していたが、再開する。  理由はたくさんある。一つは、最近、ネットサーフィンをしていて迷い込んだついでに、facebook を始めたのだが、意外にこれが窮屈な感じだったからである。なかでも「友達」という概念を強制され、判別させられることが苦痛である。  『論語』の、「七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」という一節が、文字通り、腑に落ちるようになった。書きたいことがわき上がってきたら、すぐに文章にしてしまおうと思う。寝床の横にパソコンがあるいまは、ほんとうに理想的である。
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『「いのちの思想」を掘り起こす』;低迷する日本の生命倫理研究

2012年10月20日 | アカデミズム批判, 生命倫理
 岩波書店の月報『図書』2012年2月号に、宗教学の第一人者である島薗進・東大教授が「いのちの痛みからの問い――日本の「生命倫理」の魁群像」というエッセイを書いている。島薗教授はそのなかでこう述懐している。 「思えば私自身、1967年に大学教養学部の医学部進学過程に入学したが、3年後、医学部進学をやめ、文学部の宗教学科へと大きな進路変更をした。その折に私が現代医療、現代医学に感じた疑問は何だったのか。30年後に生命倫理に取り組むようになってたびたび、1970年前後に考えようとしたことが再びよみがえるように感じられた。そして、2011年3月11日の福島原発災害は、私を今一度、もっと激しく1970年前後へと引き戻した。・・・・・・生命倫理の問題も原発による安全や環境汚染の問題も、科学技術が引き起こす「いのちの侵害」に関っている。そしてそれらの「いのちの侵害」に対峙する日本の「いのちの思想」は、1970年前後にひときわ鋭い高揚の時期をもったようだ。
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