ニセ仙人山籠もり

E・ヘッケルの評価と位置づけ——生物世界の解釈革命

2017年8月9日 | 機械論と生気論, 進化論 | Download PDF

進化論的世界像を構築し、提供し続けること

 現在の生命科学は、生化学の上に展開している。詳細は省くが、そう断言してよい。そして、この光景は「生命は物理・化学によって説明される」という‟機械論”が、現代の生命科学の基盤を形成し、不動の地位を占めていることを意味する。
 この次元の問題を考察の対象とする学問的立場、もしくは、自然に対する科学が拠って立つ認識の形を問題にする立場を、ここでは「自然哲学」と呼ぶことにする。当然、現在の生命科学が立脚するのは、ある特徴をもった機械論である。そして、このの機械論の源をたどっていくと、19世紀ドイツ生物学における機械論(Mechanismus)に行きあたる。

 機械論という哲学的構想に対しては常に、「生命は物理・化学では説明できない」とする反機械論、生気論(Vitalismus)が並列して存在してきた。生命の理解に関して「機械論 vs 生気論(Mechanismus vs Vitalismus)」という二者択一の形が定着するのが、19世紀中葉以降のドイツ生物学界においてである。そして、この二項対立の生命観の確立・浸透に寄与したのが、エルンスト・ヘッケル(Ernst Haeckel:1834~1919)であった。
 ただし、ヘッケルが、生命に対する解釈を、機械論 vs 生気論という二者択一の形にし、機械論の啓蒙に邁進したのは、彼が進化論世界像を構築しようとする衝動にとらえられたからであり、その副産物としての定式化された概念の一つがこれであった。ヘッケルの徹底した科学的世界像を啓蒙しようとする態度の大もとには、ダーウィンの『種の起源』の読書体験がある。それが非常に鮮烈だったのだ。
 ヘッケルは、『種の起源』の出版直後の、26歳のときに読んで衝撃を受け、ここに生命のあり方とその謎の一切を説明する科学的原理が存在すると確信した。弱冠29歳のヘッケルは、1863年にステッティンで開かれた第38回ドイツ自然科学者医学者大会で、「ダーウインの進化論について」(八杉龍一編訳『ダーウィニズム論集』岩波文庫、に収載)という演説を行った。ここでヘッケルは、当時、多くの学者が『種の起源』の重みを、まだ測りかねていたのに対して、進化論を認めるか認めないがが自然科学者の価値を決定すると明言して態度決定を迫り、その後に彼が展開する進化論的主張のほとんどを述べたのである。
 3年後の1866年に32歳で、全2冊1千ページを超す『一般形態学』を出版する。これは、ヘッケルの思想の出発点となった重要な著作である。大著であり、また本人自身が「あまり読まれなかった」と述懐していることもあって、これに関する研究はあまり多くはない。ただし日本では、佐藤恵子『ヘッケルと進化の夢』(工作舎、2015年)という研究書が書かれ、この中で『一般形態学』の内容についての詳しい要約がある。この佐藤著『ヘッケルと進化の夢』は、おびただしい著作を残したヘッケルの業績・思想・活動について包括的に読み込んだ労作であり、今後の日本でのヘッケル研究において基本となる仕事である。
 ただしここでは、ではなぜヘッケルがかくも情熱的に進化論的世界観を展開しその啓蒙に生涯を賭けたのか、という点に焦点を絞る。と言うのも、『一般形態学』は、これを書いたヘッケルの早熟さの点でも、著作としての厚さの点でも、またその主張内容と構成の面でも、この時代の生物学に照らすと類を見ない異色作であるからである。

  『一般形態学』でヘッケルが行ってみせたのは、生物的自然に対する‟解釈革命”であった。それまでの生物的自然は、漠然とした‟自然の秩序”以上に、全体を覆う脈絡はなかったのだが、進化説の登場によって、生物界全体が一つの壮大な確固とした系統関係にあることが、ヘッケルには、鮮やかに見えたのだ。ダーウィン出現直後の人々にとっては、まだ想像力が及んではいない、全生物についての類縁関係の密な網目構造を、具体的かつ詳細に論じ尽してみせること、これが32歳の若き研究者に『一般形態学』という大著を書かせた原動力である。
 ここでもう一つ重要なことは、ヘッケルにとって、ダーウィンが『種の起源』の最後で示唆した自然選択仮説は、ニュートン力学の重力に相当する、自然が自律的に展開し発展していく原因として位置づけられるものであったことである。ヘッケルにとって、因果的説明とは、時間的な変化の前後関係を提示することであり、この感覚は、生理学的時間に関しても、個体発生的時間に関しても、また系統学的時間に対しても、同等にあてはめられるものであった。
 逆に言えば、成体の形態に着目する動物学や植物学も、発生学も、比較発生学も、古生物学も、すべて生物の形態を扱う学問である。それまで脈絡なく分散状態にあったこれらの諸学問を、進化説を基盤に置けば、形態の発生・由来という前後関係に着目することで、必然的に一つの確かな系統体系に統合されると、ヘッケルは確信した。だからこそ、個体発生と系統発生と古生物学とを、形態の由来という前後関係を手掛かりに詰めていけば、その交点に「生物発生の根本法則 biogenetische Grundgesetz」、いわゆる「ヘッケルの法則」が析出してくることを、彼は見てとるのである。
 繰り返すが、ヘッケルが『一般形態学』で突破口を示そうとしたのは、進化説を基底においた、生物的自然の解釈革命であった。だからこそ、かくも多くの新概念を必然的に創出することになったのであり、その中には、直接は手掛けなかった「生態学 Ecologie」までが含まれていた。それはまた逆に、『一般形態学』の中での概念化と説明の面で、無理が出てきても当然であった。


1867年、カナリア諸島ランサローテ島にて。左は、ロシアの人類学者/生物学者 Miklucho Maklay(1846~1888)。ヘッケル自身が捕虫網を持ち、裸足という写真は珍しい。

 『一般形態学』の序文には、この間の事情がたいへん素直に吐露されており、生命の認識論研究の点で重要と考え、これを訳出した。ただしその大半は、米本昌平著『バイオエピステモロジー』(書籍工房早山、2015), p.53~59.に収載してある。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
E・ヘッケル『有機体の一般形態学』(1866年)
序文(Vorwort)
         (p.XIII~XXIV)

 自然科学のすべての主領域のなかで、これまで有機体の形態学はたいへんに遅れた分野であった。だがここ数10年の間に、解剖学と発生学の領域における経験的知識は非常に豊富になり、その量的な面での急成長は感動的ですらある。ただし、それは質的な完成度を伴ったものではない。同様に急速に発展した双子の相手である生理学は、この10年間で二重の過去からはすっかり変貌をとげ、無機的自然科学の力学的・因果論的視点に立つ学問へ到達した。これに対して、有機体の形態学の方は、一般的にこのような視点に立っている状態からはほど遠く、せいぜい、いずれの日にか到達すべきものという程度の認識にある。現象に対する作用原因の問題と、その法則を認識しようとする努力は、すべての研究の規範に据えられたはずなのだが、この分野では、まだそれはほとんど認知されてはいない。古い目的論的・生気論的なドクマ(teleologische und vitalistische Dogma)は、生理学と無機科学からはいまや完全に駆逐されたが、有機体の形態学の領域では、生き延びているどころか、支配的な地位にあり、実際には説明の体をまったくなしていないのに、大半の説明に用いられている。多くの形態学者は、形態についての単なる知見に留まることで満足し、それについて一般的な説明を試みたり、その形成法則を問おうとはしない。
 現代科学の達成状況は、自然科学が完全に二分化した、稀有な例を示している。一方には、無機的自然(非生物)一般を扱う科学があり、中間に、有機体の生理学があり、もう一方に、有機体の形態学、発生学、解剖学がある。かたや一元論的(monistisch)で、もう一方は二元論的(dualistisch)である。一方は、真の作用原因を探求するが、他方は目的論的な見せかけの次元に終始している。そのなかで生理学は、有機体を力学的法則に従って正しく批判的に認識し、これを作用する機械と見なして探求するのだが、形態学は、未開人が船を見たときと同様で、ダーウィンが採用した比較による考察にまだ留まっている。
 この「有機体の一般形態学」が基本方針に置くのは、初めて、解剖学と発生学の全領域から、荒唐無稽で根本的に間違っている二元論を追い出すことを目指し、有機体の形態の由来と展開について、力学的=因果論的な基盤を与えて、一元論の高みへ上昇させ、遅かれ早かれ、他の全自然科学と同じ、不動の基礎づけを行おうというものである。このような試みには、たいへんな困難と多くの危険があることを、私は重々承知している。今日においてもなお、動物学と植物学においては、形態についての一般的な見方はすべて、中世のスコラ学同然の学識を身にまとった学者ギルドの支配下にある。ドグマと権威主義が、互いに、あらゆる自由な思考と自然からの直接的認識を、弾圧しようと共謀をめぐらし、あらゆる種類の先入観の周囲には、有機体の形態学の要塞としての二重・三重の万里の長城を築いており、いたるところで敗走する奇跡信仰にとって、いまや引き戻るべき最後の砦となりつつある。だが、われわれは勝利に向かって進み、戦いを恐れない。その帰趨に大きな計算違いはないだろう。チャールス・ダーウィンは、7年前に勝利を確実にする鍵を明示し、賞賛に値する選択説(Selections Theorie)によって、ヴォルフガング・ゲーテとジャン・ラマルクによって示された進化説(Descendenz Theorie)を勝利と制覇へと導く、確実な武器をもたらした。
 その著書は、広範で困難な課題を扱っているが、一時的に流行した浅薄な思想や運動に由来するものではなく、長年積みあげてきた努力の産物であり、認識にむけた心を砕いた苦闘の成果である。私は、説得力あるその考え方に強い衝撃をうけ、批判精神にたって、有機体の形態という謎めいた世界に、この考え方を導入することを試みようと思う。有機体の形態学における一般的な論争課題とは、言わば、互いに敵対する軍が用いる合言葉に似て、「種は一定か、変化するか」という問題である。私は、数えて20年前の12歳の少年のとき初めて、キイチゴやヤナギ、バラやアザミについて「良い種か、悪い種か」を決めて選別する試みに熱中したが、空振りに終わった。いまや私のなかで、傷つき易い少年時代の心を悩ませていた、当時の辛い不安な思いは、晴れやかな満足感にとって代わろうとしている。ただし、私はつねにあれこれ揺れ動いていた。(偉大な「良き分類学者」に従って)標本のなかから、「良き」サンプル個体のみを取り出し「劣った」ものを排除するか、あるいは、後者もとり上げて「良き種」の間の中間的な移行形態についての、完全な連鎖を考えるか、という問いである。この場合、「良き個体」は幻想だと否定することになる。私は、すべての分類学者に勧めることのできる折衷案をもって、この矛盾を取り除いた。そのために私は、標本を二つ作った。一つは、公式の、あらゆる種に関する鑑定員に対するもので、基本的な形態的特徴を示す「典型的な typisch」なサンプル標本であり、人目を引くきれいなレッテルが貼ってある。もう一つは、気のおけない親しい友人にみせる秘密のもので、これには疑わしい種も受け容れている。ゲーテが、「特徴を失い、雑然とした種族」と適切に名づけたものたちで、ほとんどの場合、種として記載はできず、際限のない変異の世界に迷い込んでいく。クサイチゴ、ヤナギ、モウスイカ、ヤナギタンポポ、バラ、アザミ、などが、それらである。ここでは、個体に関する尺度は数値であり、良い種から他の種へと直接移行していく大きな一つの鎖として整理される。それは、学校においては禁断の果実であったはずの認識のあり方であり、私は静かで自由な時間をみつけて密かに、子供としての悦楽のときを楽しんだ。
 「種」のあり方の本質を把握すべく、空しく苦闘していたなか、私は、形態の観察に向かうことになったが、この後、またとない幸運によって、ヨハネス・ミュラーとの直接交流することが実現し、忘れられない師と仰ぐことになった。彼からは、その経験的な基本姿勢と形態学では支配的であった二元論的な見解について、その全体像と内容を学ぶことになった。当時すでに私は、一元論的な立場を固めていたから、彼の著作のなかのさまざまな表現からその傾向を見てとった。また、高名な師であり、友人でもあるルドルフ・ウィルヒョウからは、しばしば決定的な影響を受けた。だからここで、私は彼に感謝を述べるべきであろう。私は、彼の助言を介して『細胞病理学』から、人間の諸器官の驚くべき柔軟性と流動性、有機体の形態の驚異的な可塑性と適応能力を学んだし、それらを理解することが非常に重要であり、また、少数の形態学者は漠としたイデー概念を持っていることを知った。私にとって、ベアの言葉に大きな意味があることを、読者は判ってくれるだろう。ダーウィンの仕事に、「私は完全に魅惑され歓喜に満たされた。それまで有機体に関する認識は悪魔によるものとしてきたが、そこから私は開放されることになった。」 実際それは、私にとっても「目からウロコ」の体験であった。
 有機体の形態学の個別分野すべて関して相互に行われる大学の講義、加えて毎年開講される動物学の共通領域についての講義を通して、私は幸運にも、先行研究によって基礎づけられた見解は、長い時間をかけて一定の表現に磨きあげられたものであることを理解し、また、多面的な考察を通して、私はこれらを完全かつ明確に把握した。同時に私は絶えず、特殊な細部の研究を行い、確かな経験的基礎を保持するようにした。これ無しには、一般的思考の枠組みは単なる軽い思弁の空中楼閣に堕してしまうからである。解剖学と発生学の個別の専門分野一般は、長い時間をかけ次第に円熟の高みを成してきたが、これに対して、一般形態学を包括的かつ体系的な学問体系に統合することは、比較的短時間で私が決断しなくてはならない、危険な計画であった。内外さまざまの理由で、全体の完成を急ぐ必要があり、当初の思惑より、非常な短時間で仕上げることになった。第2分冊を書きあげる前に、すでに第1分冊の大半は印刷に入っていた。さらに、さまざまなまずい事情が重なって仕事が妨げられた。あれやこれやで、学問上の障害は大したものはなかったが、全体の形の面でぞんざいなところが多く、個々の面で小さなミスがあり、繰り返しが多いことは、あらかじめ弁明しておく。慎重な読者なら簡単に見つけてしまうだろう。この点については、喜んで本質的な改善を行い、形を整えるが、全体を編集するのに一年かけるようなことはしない。善は急げ!だ。たいして意味の無いものは放置することもあるが、本書が求める、有機体の形態世界全体についての広範な認識に際して、偉大な形成法則を一般的に展望するのに、そのすばらしい形態価値を損なわないよう配慮した。
 この著作全体に関する姿勢として、私が絶対にはずせないと考えるのは、解剖学と発生学の全領域が、総合と統一を完璧に欠落させ、すっかり逸散・分裂しているのに対して、体系的で秩序だった堅固な形式の学問の枠組みを導出することである。まずはこうして、その試みの第一歩を踏み出す以外に、方法はない。そしてそれは、ある一定の計画の上で、足場となる確実な基礎の上に建材を集め、閉ざされた壁と住みやすい部屋に代えて、壁をぶち抜いて大きくした部屋と何もない空間を有する建物を造ることである。あるいは自然誌家(Naturforscher)は、そこから抜け出し、住み心地のよい別の住居を自分で作るかもしれない。しかし、確かな最初の足場が確立され、多くの経験的な賜物が秩序だって見通し良く配列する空間が確保できるのであればそれは達成される、と私は確信する。ただし、現在の科学自体はたいへん不均一な発達をしており、当然それに応じて個々の部分についての扱いは未達成であり、たとえば、系譜学(Genealogie)のような重要で興味深い領域が、まだまったく建設されないままにあったりする。個々の章には、私の特別な研究成果が詳細に書き込まれているものがあるが、他方で、自由に使える素材がわずかであるために、表面的なスケッチにとどまっているものある。第7分冊[注:自然の中の人間の位置]と第8分冊〔注:系統樹、自然の統一と科学の統一、自然の中の神〕は、たいへん重要で決してはずすことのできない問題として私が簡潔に触れた、格言の形の補論である。このことはまた第6分冊で、別の研究として詳論しておいた。それは私が第2分冊で、「一般発生学における系統的序論」として先行して論じたことであり、「有機体の自然体系を系譜学的に展望すること」である。ただし、特殊な系統学を簡潔に展望することは、厳密には「有機体の一般形態学」に属すものではない。その意味は、せいぜい第24章で認められる程度のものである。一方で、今日の動物学者や植物学者の多くは、一般的で包括的な問題にほとんど、もしくはまったく関心をもってはおらず、個別で特殊な空しい教義に関心を向けている。だから、進化説(Descendenz-Theorie)に最大限の重きを置いてこれら個別領域に適用し、第二の絆の上に位置づけることが適切である、と私は考える。それは同時に、これがこの種の最初の試みとして、連結した系譜学の一覧表に寄与し、望むらくは、有能な後継者がここに意味を見つけてくれることである。有意体の系統樹の骨格は、今日なお、非常に難しく悩ましいものではあるが、私の考えでは、未来の形態学にとって、もっとも重要で興味深い課題を形成するものである。
 私の形態学の植物学の部分については、とくにご寛恕を願いたい。われわれの時代は、専門領域の研究が著しく進み、生物学の全領域において分散化の程度が非常に進行した。一般的に、言葉の完全な意味での動物学者や植物学者はたいへんに少なくなり、代わって、原生動物学者、鳥類学者、軟体動物学者、昆虫学者、細菌学者、藍藻学者などが現れ、また別の面で、組織学者、臓器学者、発生学者、古生物学者などがいる。このような状態の下で、これらすべての専門家は多くの場合、ギルト的学者集団の堅固な旧弊に従って、“個々のもの”を一瞥すればそのうちに、有機体の形態世界の全体が見てとれる、というひどく思い上がった説明をするものである。あるいはその中で、“本質的な”植物学者は、動物学者は限られた領域での思いつきを述べる、と憤慨するかも知れない。これに対して私は、二重の基盤に立ったある冒険を企てている。一方で、大多数の植物学者は、ダーウィンの選択説——これは思想をもった自然研究にとっての真の試金石なのだが——に対して、醒めた否定的な態度をとっており、植物研究は、動物研究という思想を欠いた特殊問題の雑貨商の下で苦しんでいるように見える。その動物研究は、“厳格な帝国”と誉めそやされてはいるが、自然科学の全体を統一し統合させる意識を忘れてしまっている。他方で、私は次のように確信している。(いかに共通の生物学たるかという)一般形態学のすべての基本問題、すなわち構造論的・初源形態学的・個体発生的・系統的なすべての問題のために、動物学と植物学とは互いに最高度に補い合う、真の相互作用が不可欠であり、そこで私は自身の動物学という専門領域に的を絞って、最善の理解力を投入することにした。多くの共通問題に関して、私が良質の第一歩を踏み出せるのは、動物と植物の形態についての本質的な比較を行ったからである。疑いもなく、私の仕事の植物学的な部分は、多くのものが抜け落ちたことであろう。幸いなことに、これらの部分で植物学者の支援が得られ、植物の形態世界の広大な全域とその系譜学的な継承関係について、目を向けることができた。私には短い研究時間しか許されなかったが、私が深く尊敬する恩師である、ベルリンのアレクサンダー・ブラウンの溌剌とした深い学識から、教訓と助言を得ることができた。また、私の経験的基盤にはなお欠落部分が多く、限られたものであったが、ヨハネス・ミュラーの圧倒的な影響で動物の比較解剖学に魅せられるより前に、未来に向けた愛知(Scientia amabilis)への激しい情熱を奮い起こし、自らを鼓舞した。
 だが今日、解剖学と発生学は一般的にはなお未完成で低い発展段階にとどまっており、多くの場合、一定の形式的な解決済みの課題としてまとめられてはいるが、これらを全体として統合し、統一したものにすることが、眼前に横たわる取り組むべき課題である。このような状況の下で、緊急の必要性ありと見えるのは、形態学における概念をもう一段明確にし、その再編に着手することである。それに不可欠である哲学的基礎が広範に無視されてきた結果、動物学と植物学一般において不明確な面が非常に拡大し、また古臭い言葉遣いで混乱が生じており、一般的な基礎概念の意味をはっきりさせるためにも、広範囲での用語の再編集が不可避である。概して解剖学と発生学で無用な命名があふれる一方で、不可欠な名称が欠落している。重要でかつ頻繁に使われる概念、たとえば、細胞、器官、規則的、対称的、胚、変態、種、変異などなどに、定まった意味はまったくなく、形態学者がそれぞれに、これはこう、あれはこうと、内容を想定しているのが一般的な実情である。植物学と動物学とこれら二学問の個別分野では、異なった対象に同じ命名がされたり、同じ対象に異なった命名がされたりしている。このような状況の下では、(ギリシャ文字から離れて国際的慣習に従った)かなりの数の新しい概念の導入は不可避であり、定まった明確な、よくわかる概念の形に確定させる必要がある。
 有機体の形態学において支配的である考え方の暗黒部分に強い光を当て、容赦なく誤りをただすことを、あえて行なおうと思う。私の言明の行間から、読者は、虚栄からくる自己顕示や、他人の業績の事実上の誤解などを読みとるのではなく、紛れもない真理を通してこそ科学の進歩は求められることに対する、私の確かな信念の吐露を受けとってほしい。
 私が全力をかけて、解剖学と発生学の全体に、分類学的秩序に関してありうる最良の衣装を与えることに挑戦するが、その達成のためには、以後もたゆまぬ努力が必要であることを私は覚悟している。本書は、出来あがったものではなく、生成途中のもであるに過ぎない。引き続き、ここでの課題は、有機体の形態学が未来に向けてとるべき学問体系について、確固とした基盤を構築することである。私の努力が、状況の改善への新しい力が生まれるきっかけとなり、そして本書の基本思想がさらに力を得、われわれの側の科学領域における実際の進歩に関して、最重要で不可欠の前提が確かなものになるのであれば、私の努力は大いに報われることになる。その思想とは、有機的自然と無機的自然は統一されるという思想、認識されるすべての現象は共通の力学的原因という作用因に従うという思想、有機体の形態の発生とその作用は他でもない例外なき永遠の自然法則による必然的な産物であるという思想、である。

       1866年9月14日 イェナにて
                  エルンスト・ハインリヒ・ヘッケル