ニセ仙人山籠もり

再録・中村桂子さん——人と仕事

2021年3月7日 | 機械論と生気論, 科学評論 | Download PDF


 2019年に、藤原書店が、『中村桂子コレクション』(全5巻)を出版したが、私はその『月報 3』(2019年10月)に「中村桂子さん——人と仕事」を書いた。その全文を再録しておく。
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中村桂子さん——人と仕事

 ついに、中村桂子さんのことを書くことになった。なんとも落ち着かない気持である。というのも、私は、1976年に三菱化成生命科学研究所・社会生命科学研究室という名の、中村さんが主宰する研究室に、文字通り拾われ、中村さんが1989年に転出されるまでの13年間、私の上司であったからである。その後まもなく中村さんは生命誌研究館を立ち上げられた。
 近しいといえば、私にとってたいへん近しい人なのだが、それをいいことに、中村さんの考え方は、だいたいわかっているつもりであった。
 これもまた私の悪い癖なのだが、ある日、ふらりと、初期の生命誌研究館を訪ねたことがある。その研究館に足を踏み入れたとたん、ああ、中村さんがやりたかったことはこういうことだったのか、と瞬時に得心がいった。そして、うろたえた。
 いくらたくさん文章を書いても、また、口をすっぱくして繰り返しても、伝わらないものは確実にある。それを伝えるためには、実際に形にしてみせるよりない。そのためには、その考えに共感して金を出すスポンサーが現れないといけないし、実際にその考えにそって形にされるものを、ごく当然のものとして受け入れ、未来に向けて行動する人たち(その代表が生命誌研究館のスタッフたち)がいて初めて、簡単には言葉では伝わらない、この場合は「生命誌」なるものの実体に、われわれは出会うことができる。
 実は、この文章を書くために、書棚の山から『生命誌とは何か』(講談社学術文庫)と、『自己創出する生命』(ちくま学芸文庫)をみつけ、ふたたび精読してみたのだが、多くの人は、中村さんの柔らかで平明な言葉遣いに惑わされ、誤読するのではないかと心配する。
 中村さんは、分子生物学から生命科学へと進み、1980年代以降、生命科学の現状に不満をもつようになり、最後に生命誌という概念にたどり着いたと、その過去をさらりと説明するのだが、この穏やかな表現からは、現在の生命科学のあり方に対する厳しい眼差しといらだち、そして、生命について徹底した考察の末であることが、きれいに拭われている。
 そもそも中村さんは、DNA二重らせんモデルの発見者の一人である、鬼才・ワトソンの問題の書『二重らせん』の翻訳者であり、そして何よりも、ワトソン・他著の『遺伝子の分子生物学』、同じく『細胞の分子生物学』という分子生物学の二大教科書の監訳者である。おそらく、分子生物学というものの精神とその本質について、中村さんほど知り抜いている日本人は、他にいないと思う。その上で生命誌という概念を提唱することの重みを、ほとんどの読者は読みとれないのだと思う。さすがに養老孟司氏だけは、『自己創出する生命』を、「女性の書いた思想書」と喝破したらしいのだが・・・。
 私が初めて生命誌研究館をのぞいたときの衝撃は、生命というものへの素直な好奇心を全開にし、それをそのままに切り出し、啓蒙でもなく、教育でもなく、論文投稿のための実験でもない、確信に満ちた知的活動を、そこに直感したからである。生体分子さえつかまえれば、それだけ、生命の真理に接近するものと、自らに信じ込ませて全力疾走をする、現在の生命科学本流との空隙を埋めようとする行為に、不意に出くわしたからである。
 生命とは何か、を納得するという頂に至るルートを、中村さんは、王道である生命科学研究の成果を再編するという表の登山道から、また私は、人気のない科学史という裏道をたどって、同じ山頂からの眺望を目指しているのだ、と一方的に思い込むことができ、心を少し強くしたところである。(『月報 3』、p.1-3)