ニセ仙人山籠もり

ウィキペディア被害者同盟を!

2017年12月10日 | 雑記 | Download PDF

 日本語版ウィキペディアを、私がぜんぜん信用しなくなった事情を書いておこうと思う。

 野口悠紀雄氏の近著『知の進化論——百科全書・グーグル・人工知能』(朝日選書、2017)にこんな一節がある。
 「すでに見たように、ウィキペディアの記事は、さまざまな人によって書かれています。多くは匿名で、身元を明かしていません。このため、記事の信憑性に問題があります。誰が責任をとっているのかはっきりしないのです。
 ……たとえば、人名の説明項目の場合、……本人がまったく関わらないところで紹介記事が書かれているわけです。これによって不快な思いをした人は、多数いると思われます。」(同書、p.99~100)

 いまから10年ほどまえ、私はウィキペディアの「米本昌平」の項目をまったく知らないでいたため、不快な思いをするどころか、実害を被ったことがある。この時、「ウィキペディア被害者同盟」を作り、社会勉強の意味で、訴訟してみようとすら考えた。
 と言うのも、ある地域広報誌のインタビューを受けたのだが、そのインタビュアーは、徹頭徹尾、私がローマ法王庁の使い走りであるかのように決めつけ、自然科学的な思考を否定する許されざる者として、論難調の質問を発し続けたのである。
 私は、生命倫理の問題に関して、良くも悪くも、その論理的な判断基準を提示する機能を法王庁が担っていることの重要性を、確かに指摘はした。だが、言うまでもないことだが、バチカンが現代においても重要な価値規範の提供源であることを指摘することが、キリスト教教義の信奉者であることを意味しない。こんなことは、当たり前である。
 他方で、このような指摘が少ないことは事実であり、ヨハネ・パウロ2世が亡くなった時、一部には反動的とすら言われたこの法王の振る舞いに関して、積極的とも取れる、俗説とは逆の、私のコメントが『毎日新聞』に載ったのも事実である。
「……生命倫理に詳しい米本昌平・科学技術文明研究所所長も、ヨハネ・パウロ2世の言動が急速に進む生命科学に倫理面から歯止めをかける役割を果たしてきたと断言する。「理論武装して100年の長いスケールで発言したのがヨハネ・パウロ2世だった」とみる。」(『毎日新聞』05年4月4日付)
 この私のコメントには、長い前段があったはずなのだが、実際は、パウロ2世の積極的な機能の面だけが使われた。

 そこでもしやと思い、ウィキペディアの「米本昌平」の項を見たら、ありました! 何とこうなっていたのである。
 「リベラルを偽装した保守主義者。カトリックでも特に保守的だったヨハネ・パウロ2世を礼賛するなど、その思想にはキリスト教への偏向が見られる。」
 この文章は、ウィキペディア「米本昌平」のページの「編集表示」をクリックし、07年12月26日版を開ければ、今でも読むことができる。
 もともと私は、日本語版ウィキペディアを信用していなかったが、この体験で決定的となった。ウィキペディアの著者集団は、俗な持論を書き連ねることが少なくなく、さらには新聞などの記事を「客観的」論拠とすることに何の疑いをもってはいない。むしろ逃げ道に使っている。
 個人のブログで、人の品定めをするのは勝手だが、検索エンジンで上位に来るウィキペディアの場合、さらにここからリンクを張る波及効果を考えると、その誤記や否定的表記の害は計り知れない。
 対策を考えるべき時であろう。