ニセ仙人山籠もり

商品としての研究——不便なところに商機あり

2017年9月27日 | アカデミズム批判, 科学評論, 雑記 | Download PDF

 京都大学人文科学研究所で開かれた、「生物学史夏の学校」の今年のテーマが「オープンサイエンス」であったので、9月23日(土)だけ参加した。ただし現在の日本では、オープンサイエンスという概念は、まだまだ生煮えの状態にあると思う。それにつけても、いまから12年前に書いた「商品としての研究」という記事を配布して、もっと積極的に議論に加わるべきであった。反省することしきりである。
 そこで、この記事を少し修正して再録しておく。

商品としての研究 (『毎日新聞』2005年12月4日「時代の風」より)

 間もなく、団塊世代が定年をむかえる。これに前後して、ゆっくり水位が上がるように「研究」というものを一般の人間にも開放すべきだ、という要求がふつふつと沸き起こってくる。私は、そうにらんでいる。
 40年前の大学紛争の折、心の奥底に点火された未成熟な叫びが、いまや実現可能な穏やかな要求として、時代の本流に姿を現すことになる。切実に調べたい課題を自らの手で探求すること、それは自然な人間的欲求であり、むしろ正当な権利として認め、社会が支援するのを求めるようになるだろう。
 憲法第23条「学問の自由はこれを保障する」という一文が記された60年前、その前提には、学問研究は大学などの職業研究者によってなされるもの、という暗黙の了解があった。戦前の滝川事件やナチスによるユダヤ人学者排斥など、苦い体験があったからである。
 だが歴史を振り返ってみると、研究という行為が職業化したのは、それほど古いことではない。職業研究者は、19世紀中葉の欧州で出現し、現在の大学の形は、近代国家の形成過程で生まれてきたものである。
 西欧近代の歴史は、それまで貴族が独占的に享受していた贅沢を、消費財として鋳直し、大衆に開放する過程でもあった。スポーツ、観光旅行、観劇、ドライブ、高等教育などがそれである。その中で、貴族の趣味として行われてきた科学研究は、その桁外れの有用性が認められると、国家によって大学へと集約され、研究の専業化が進んだ。こうして大学は20世紀に最盛期を迎えるのだが、同じ形態が永続するはずがない。21世紀には大学は、ロースクールなどの専門教育・専門学校と、つねに知的教養を提供するカルチャーセンターと、研究機関の三つに分化していくだろう。そしてもう一つここに、一般の人間が研究を行おうとするのを支援する、サービス業務の部門がつけ加わることになる。
 貴族の道楽として行われた科学研究の中で、度外れた成功例はイギリスのキャベンデイッシュ卿(Henry Cavendish:1731~1810)の場合である。彼は生涯独身のまま、自分の部屋にこもって電気理論の研究や水素の発見を行った。人づきあいが苦手で研究成果はほとんど発表せず、死後そのノートを整理して業績を世に出したのは、物理学者のマクスウェル(James Clerk Maxwell:1831~1879)であった。同じ19世紀には、ダーウィン(Charles Robert Darwin:1809~1882)やファーブル(Jean-Henri Casimir Fabre:1823~1915)という独学の大研究者が出ている。
 余暇と資金を、自ら選び取った課題に投入して才能を開花させる生き方は、駘蕩(たいとう)たる江戸時代において、全面的に展開された。伊能忠敬(1745~1818)は隠居の身になってから、全国測量という大事業を成し遂げる。江戸時代には「連」と呼ばれる、身分を越えた同好同志の横のつながりによって、連歌、俳句、浮世絵、蘭学など、日本文化の粋が育まれた。
 団塊の世代は、あのとき感じた素朴な疑問を、いま口にすべきであろう。大学教授と言うだけで、なぜ、個人的な好奇心を全開にし、税金によって研究に専念する特権が与えられているのか、と。独立法人化して以降の大学改革の議論は、大学関係者と関係省庁という、直接の利害関係者の間での綱引きであり、社会の側の要望を織り込ませるチャンネルは見当たらない。
 21世紀の知的センターに求められるのは、人生最高の道楽である研究そのものを商品化し、一般に向けて供給する機能である。われわれは、非常に安い海外旅行パックを知っている。しかしこれを個人で行おうとすれば、外国語を習い、大量の情報を集め、煩雑な手続きをとらなくてはならない。いまでは、普通の体力さえあればエベレストの山頂さえツアーで連れて行ってくれる。それどころか旅行代理店のホームぺージを開けば、海外旅行と並んで、宇宙旅行のパックまで販売している。9日間で1人22億円である。
 株式を公開する時の目論見書のように、詳細が書き込まれた「研究計画書」が公開され、総経費が数口に分割されて売りに出される状態を、想像すればよい。われわれは、さまざまな研究計画書のなかから、テーマと能力と資金と時間と考えて選べばよい。逆にこちら側が条件を示して研究計画書そのものをオーダーメイドし、共同購入するという手もある。かりに1口数千万円になっても、一流学術雑誌に論文が投稿できるほど質の高いものなら、買い手は現れる。強運にめぐまれれば『ネイチャー』に自分の名が刻み込まれるかもしれない。世俗の人間にとって夢のまた夢だったことが、エベレスト登頂のように実現するかも知れないのだ。むろん、人には得手不得手があるから、研究への関わり方は千差万別となる。映画製作に倣って、研究報告書に寄与のし方に応じて名前が印刷される、プロジェクト方式を採用するのもよいだろう。
 このような時代に、職業研究者は、研究に関するインストラクターとして、また、大学は研究計画書の品ぞろえを整えて販売する、旅行代理店ならぬ「研究代理店」となる。そしてこれを前提に、研究に必要なインフラをレンタルするサービス産業として生き残ることになる。
 研究を、良質な自己表現である正当な欲望として全面的に認めて開放し、研究の苦しさと楽しさを同時に味わう、人間的な満足感を提供する商品としての消費経済としての回路を作ってしまうのだ。研究を「ゴルフ」に置き換えると考えやすいだろう。
 不便なところに商機あり!
 こうすると、普通の人が選ぶテーマは、環境、教育、食糧、健康、文化、風俗史、郷土史、近隣諸国関係などに集まる可能性がある。将来、その成果を政策立案の観点から編集すれば、その基礎資料として、また、政策評価の際に活用できる公共財として登場することになる。こうして日本は、薫り高い21世紀型の知的情報社会に、世界に先んじて滑り込んでいくのである。