ニセ仙人山籠もり

機械論と生気論

再録・中村桂子さん——人と仕事

 2019年に、藤原書店が、『中村桂子コレクション』(全5巻)を出版したが、私はその『月報 3』(2019年10月)に「中村桂子さん——人と仕事」を書いた。その全文を再録しておく。 ・・・・・・・・・・・・ 中村桂子さん——人と仕事  ついに、中村桂子さんのことを書くことになった。なんとも落ち着かない気持である。というのも、私は、1976年に三菱化成生命科学研究所・社会生命科学研究室という名の、中村さんが主宰する研究室に、文字通り拾われ、中村さんが1989年に転出されるまでの13年間、私の上司であったからである。その後まもなく中村さんは生命誌研究館を立ち上げられた。  近しいといえば、私にとってたいへん近しい人なのだが、それをいいことに、中村さんの考え方は、だいたいわかっているつもりであった。  これもまた私の悪い癖なのだが、ある日、ふらりと、初期の生命誌研究館を訪ねたことがある。その研究館に足を踏み入れたとたん、ああ、中村さんがやりたかったことはこういうことだったのか、と瞬時に得心がいった。そして、うろたえた。  いくらたくさん文章を書いても、また、口をすっぱくして繰り返しても、伝わらないものは確実にある。それを伝えるためには、実際に形にしてみせるよりない。そのためには、その考えに共感して金を出すスポンサーが現れないといけないし、実際にその考えにそって形にされるものを、ごく当然のものとして受け入れ、未来に向けて行動する人たち(その代表が生命誌研究館のスタッフたち)がいて初めて、簡単には言葉では伝わらない、この場合は「生命誌」なるものの実体に、われわれは出会うことができる。  実は、この文章を書くために、書棚の山から『生命誌とは何か』(講談社学術文庫)と、『自己創出する生命』(ちくま学芸文庫)をみつけ、ふたたび精読してみたのだが、多くの人は、中村さんの柔らかで平明な言葉遣いに惑わされ、誤読するのではないかと心配する。  中村さんは、分子生物学から生命科学へと進み、1980年代以降、生命科学の現状に不満をもつようになり、最後に生命誌という概念にたどり着いたと、その過去をさらりと説明するのだが、この穏やかな表現からは、現在の生命科学のあり方に対する厳しい眼差しといらだち、そして、生命について徹底した考察の末であることが、きれいに拭われている。  そもそも中村さんは、DN…

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自跋:『ニュートン主義の罠——バイオエピステモロジーⅡ』

 とくに見通しがあって書き始めたわけではないのだが、今回(2017年8月)、『ニュートン主義の罠——バイオエピステモロジーⅡ』(書籍工房早山)を出したことで、『バイオエピステモロジー』(2015年8月、同)、『時間と生命』(2010年9月、同)の“バイオエピステモロジー三部作”をまとめることができた。 もう一冊、わかりやすい集成版を書いてみたいと思っている。

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E・ヘッケルの評価と位置づけ——生物世界の解釈革命

進化論的世界像を構築し、提供し続けること  現在の生命科学は、生化学の上に展開している。詳細は省くが、そう断言してよい。そして、この光景は「生命は物理・化学によって説明される」という‟機械論”が、現代の生命科学の基盤を形成し、不動の地位を占めていることを意味する。  この次元の問題を考察の対象とする学問的立場、もしくは、自然に対する科学が拠って立つ認識の形を問題にする立場を、ここでは「自然哲学」と呼ぶことにする。当然、現在の生命科学が立脚するのは、ある特徴をもった機械論である。そして、このの機械論の源をたどっていくと、19世紀ドイツ生物学における機械論(Mechanismus)に行きあたる。

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