ニセ仙人山籠もり

雑記

今はいない、無二の友

 思いたって、今日(2017年11月5日)、今は無き、無二の友のお墓参りをしてきた。11月6日は彼の七回忌である。

→ 続きを読む

商品としての研究——不便なところに商機あり

 京都大学人文科学研究所で開かれた、「生物学史夏の学校」の今年のテーマが「オープンサイエンス」であったので、9月23日(土)だけ参加した。ただし現在の日本では、オープンサイエンスという概念は、まだまだ生煮えの状態にあると思う。それにつけても、いまから12年前に書いた「商品としての研究」という記事を配布して、もっと積極的に議論に加わるべきであった。反省することしきりである。  そこで、この記事を少し修正して再録しておく。

→ 続きを読む

ブログ再開

 5年間、ブログを放置していたが、再開する。  理由はたくさんある。一つは、最近、ネットサーフィンをしていて迷い込んだついでに、facebook を始めたのだが、意外にこれが窮屈な感じだったからである。なかでも「友達」という概念を強制され、判別させられることが苦痛である。  『論語』の、「七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」という一節が、文字通り、腑に落ちるようになった。書きたいことがわき上がってきたら、すぐに文章にしてしまおうと思う。寝床の横にパソコンがあるいまは、ほんとうに理想的である。

→ 続きを読む

なぜ、ブログか

 恥ずかしながら、ブログを始めることにした。  理由は、要約すると二つになる。  一つは、これまで活字にしてきたこと、もしくは活字にできた内容とは異なったものを、誰かに向かって言いたくなったからである。このことは、活字・メディアにはある種のスクリーニングがかかっていることを意味する。考えてみれば、それは当然で、これらには社会的媒体として責任があるからである。だとすれば、私にとって、ブログはおあつらえ向きの手段ということになる。

→ 続きを読む