ニセ仙人山籠もり

生命倫理

[再録]スウェーデン断種法とナチス神話の成立 ――戦後精神史から近未来への視程を求めて

 〔注〕この評論は、かつて『中央公論』(1997年12月号)に、同じタイトルで掲載されたものである。最近、旧・優生保護法下で強制的に不妊手術を受けた方たちの補償問題が、広く議論されるようになった。遅きに失したとはいえ、当然の政策変更である。だが、当時の状況についての説明は、恐ろしく不正確で一方的なものが多い。この問題を語るには、戦後史について、バランスの取れた認識が共有される必要がある。そこで、一部の字句を修正した上で、21年前に書いたものを、全文、ブログとして再録することにした。いまの常識とは異なって、「優生学=ナチス社会=巨悪」という図式は、1970年代に成立したものである。また、他の3人の仲間と18年前に書いた『優生学と人間社会』(講談社新書)も再版になったので、できればこちらもあわせて読んでほしい。 『優生学と人間社会』2000年   * * * * * * * ナチス=優生社会=巨悪=という図式  スウェーデンの新聞『ダーケンス・ニュヘテル』は、8月下旬の連載記事で、1935~1976年の間、スウェーデンに存在した「不妊法」によって、女性を中心に6万人以上が断種されていた、と報じた。しかしこのこと自体は、すでに91年に出版されたルンド大学のG・ブローベリ教授の研究書『優生学と福祉』で詳細が明らかにされており、さらに96年には、この研究を軸にして横に拡大した、スカンジナビア諸国における優生政策の比較研究報告、『優生学と福祉国家』(G.Broberg & N.Roll-Hansen(ed.) Eugenics and the Welfare State)も出版されている。その意味で、現時点でとりたてて大きく報道する意味があったか疑わしい対象であった。少なくとも先進国においては、優生政策が誤りであったことについては固い社会的合意が存在しており、もし現時点で優生問題について考察を深めなくてはならないとすれば、それは次のような命題なのだと思われる。なぜ、スウェーデンの歴代政府がかくも長い間、不妊法を存続させてきたのか。記者団の質問攻めにあった女性閣僚は、こうつぶやいたと伝えられる。 「私にはわからない。私の世代には説明のつかないことです。」(『朝日新聞』97年8月30日付) 『Eugenices and the Welfare State』(1996)  …

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『「いのちの思想」を掘り起こす』;低迷する日本の生命倫理研究

 岩波書店の月報『図書』2012年2月号に、宗教学の第一人者である島薗進・東大教授が「いのちの痛みからの問い――日本の「生命倫理」の魁群像」というエッセイを書いている。島薗教授はそのなかでこう述懐している。 「思えば私自身、1967年に大学教養学部の医学部進学過程に入学したが、3年後、医学部進学をやめ、文学部の宗教学科へと大きな進路変更をした。その折に私が現代医療、現代医学に感じた疑問は何だったのか。30年後に生命倫理に取り組むようになってたびたび、1970年前後に考えようとしたことが再びよみがえるように感じられた。そして、2011年3月11日の福島原発災害は、私を今一度、もっと激しく1970年前後へと引き戻した。・・・・・・生命倫理の問題も原発による安全や環境汚染の問題も、科学技術が引き起こす「いのちの侵害」に関っている。そしてそれらの「いのちの侵害」に対峙する日本の「いのちの思想」は、1970年前後にひときわ鋭い高揚の時期をもったようだ。

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皇室と男女産み分け

 政府は、女性宮家の創設に関して、年明けから有識者に対してヒアリングを行う、と発表した。  2005年11月、小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、女性天皇(女性皇族による皇位継承)と、女系天皇(父親が皇室の血筋に属さない天皇)も認めるべき、とする報告書をまとめた。この報告書は、40年近く皇室には内親王(皇室用語で女子)しか誕生されなかったからなのだが、06年に秋篠宮家に悠仁親王が誕生され、皇室典範の改正問題は先送りとなった。

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