ニセ仙人山籠もり

アカデミズム批判

商品としての研究——不便なところに商機あり

 京都大学人文科学研究所で開かれた、「生物学史夏の学校」の今年のテーマが「オープンサイエンス」であったので、9月23日(土)だけ参加した。ただし現在の日本では、オープンサイエンスという概念は、まだまだ生煮えの状態にあると思う。それにつけても、いまから12年前に書いた「商品としての研究」という記事を配布して、もっと積極的に議論に加わるべきであった。反省することしきりである。  そこで、この記事を少し修正して再録しておく。

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『「いのちの思想」を掘り起こす』;低迷する日本の生命倫理研究

 岩波書店の月報『図書』2012年2月号に、宗教学の第一人者である島薗進・東大教授が「いのちの痛みからの問い――日本の「生命倫理」の魁群像」というエッセイを書いている。島薗教授はそのなかでこう述懐している。 「思えば私自身、1967年に大学教養学部の医学部進学過程に入学したが、3年後、医学部進学をやめ、文学部の宗教学科へと大きな進路変更をした。その折に私が現代医療、現代医学に感じた疑問は何だったのか。30年後に生命倫理に取り組むようになってたびたび、1970年前後に考えようとしたことが再びよみがえるように感じられた。そして、2011年3月11日の福島原発災害は、私を今一度、もっと激しく1970年前後へと引き戻した。・・・・・・生命倫理の問題も原発による安全や環境汚染の問題も、科学技術が引き起こす「いのちの侵害」に関っている。そしてそれらの「いのちの侵害」に対峙する日本の「いのちの思想」は、1970年前後にひときわ鋭い高揚の時期をもったようだ。

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