ニセ仙人山籠もり

バイオエピステモロジー入門 その1 最深度の科学評論

2018年1月17日 | バイオエピステモロジー, 科学哲学, 科学評論 | Download PDF

社会生命科学研究室・科学史担当
 ふり返ると、私は人生の大半を、生命科学の最先端の研究活動のすぐ脇にいて、これをじっくり観察し考察をめぐらすのが仕事、というまたとない生活を送ったことになる。
 1971年~2010年の40年間存在した、三菱化学(旧三菱化成)生命科学研究所は、民間の実験研究所でありながら、スポンサーである三菱化学は、‘金は出すが口は出さない’という原則を貫いた稀有な研究組織であった。私は76年に、その特別研究部門のひとつ、社会生命科学研究室(中村桂子室長)に採用された。
 そもそもこの研究所は、東京大学理学部教授であった江上不二夫(1910~1982)博士に対して、1970年の夏、篠島秀雄(1910~1975)三菱化成社長が、初対面であるにもかかわらず、「自社の戦後再発足20周年事業の一環として社外に生命科学領域の基礎研究所を作ることを考えているが、その場合に所長を引き受けてもらえるか」と申し出たことが発端である(江上不二夫「めぐりあい 篠島秀雄さん」(『毎日新聞』1980年3月4日)。
 この時代、企業は利益しか考えないものというのが常識であった。だから、日本学術会議会長(1969年~72年)でもあった江上博士が、一民間企業の研究所長になるというのは、普通ならありえない破格の出来事であった。当時の学術会議は政府への批判色を強めており、加えて江上博士自身、オパーリン(1894~1980)と親しいためソ連寄りの左翼的な知識人と見なされ、長い間、アメリカの入国ビザが下りなかった。
 こんななか、東大教授職を投げうって民間の研究所長となる江上博士に対して、三菱化成の側は文字通り三顧の礼で迎えた。当然、研究所の構成とその運営について、江上初代所長の自由裁量にすべてを委ねた。こうして生命科学研究所は、江上構想に従って分子・細胞・個体・地球次元までの生命を対象とし、発足時には、発生生物学と脳神経生物学に焦点が合わせられた。

三菱化成生命科学研究所企画書 1970年

 私の感覚でもとくに70年代は、隅々にまで江上不二夫所長の精神がゆきわたっていた。たとえば、生命とは何かという基本的な問いを真摯に問う姿勢が共有されており、研究者の間でラジカルな質問を投げかけあうことはたいへん好ましいことという共通了解があった。事実、科学史担当の私がふらりとある研究室を覗いて、ひどく素人っぽい疑問を口にすると、恐ろしく優秀な先輩や同僚たちはみな待ってましたとばかり、最先端の研究状況を簡潔にまとめた上で、その問いに正確かつ丁寧に答えてくれたのである。
 こんなに贅沢な時間を、私は、好きな時に好きなだけ持つことができた。なぜ、こんな特権が私には与えられたのだろ? いま考えると、どうもこのポストは、この稀有な研究所の中で自ずと生命科学の認識論的課題に関心を向けるよう、意図的に設計されたものではなかったかとすら思う。

 とは言え、眼前で日夜、精力的に展開される生命科学研究を系統的懐疑の煉獄に投げ込むだけのエネルギーを、私は持たなかった。これは、

自跋:『ニュートン主義の罠——バイオエピステモロジーⅡ』


にも書いたことなのだが、転機は私が還暦を迎えたことだった。

 他の人の目には、私は生命倫理や地球環境問題の領域でそれなりの成果を収めたものと映るかもしれない。だが2006年7月、職場の若い仲間から「所長、還暦おめでとございます」とお祝いを受け取った瞬間、私は底なしの死の恐怖に引きずり込まれた。本当にやりたいことにはまだ何も手をつけていなかったことに、突然気がついたのである。いま死ぬのは嫌だ、と切実に思った。
 私には、自分の考えていることは簡単には他人に伝わらないものと、あらかじめ断念してしまう悪い癖がある。これを、自分の考えなど無暗に口にするものではない、と正当化していた。だから、本当に言いたいことは文章にしてはおらず、息がつまるほど狼狽えた。
 残りの人生を逆算する地点に至って、30年前、私がいまの職を得たのを機に棚上げにしてきた問題に、何らかの決着をつけなくては、死にきれない状態に陥った。そこでできれば、この問題を誰か若い人に引き受けてもらいたい、と思った。
 言うまでもなく、その課題とは、私が学生時代に出くわした、分子生物学を正面に据えて「機械論 vs 生気論」論争の実像全体を明らかにすることである。このテーマは、生命科学研究所の研究者として取り組んでもおかしくはないものであった。しかし、かりに手がけたとしても、たいへん不満足な結果にしかならかっただろう。

 私はまず、H.ドリーシュの『生気論の歴史と理論 The History and Theory of Vitalism』(1914)と『個体性の問題 Problem of Individuality』(1914)を訳出し、長めの解説をつけて出版した。
 だが、この程度の手法で問題の在りかをほのめかしてみても、誰も振り向かなかった。考えてみればそれは当たり前のことで、私にしか見えない山は私が登ってみせるより他ないのだ。
 そう心を決めが、60歳台半ばから、現行の生命科学者が無意識に立脚しいる生命観(私の言う‘薄い機械論’)を可視化させる作業を少しずつ進めてきた。ところが、三作目の『ニュートン主義の罠―—バイオエピステモロジーⅡ』(書籍工房早山、2017)の半ばあたりから、私が示そうとしているテーマは、予想していたものよりもはるかに大きなものではないか、と思いはじめた。早い話が、当初の構想に従って、過去100年間における「機械論 vs 生気論」論争の資料を精密に読み込んでいくと、この二項対立図式を含め、だとえばこの領域の議論の定番である有機体論やシステム論の枠組みを、簡単に突き抜けてしまうのである。

最深度の科学評論を
 このことは、現行の生命科学研究に対する距離感と関わってくる。
 生命科学研究所は2010年に解体され、町田市南大谷の地にいまその面影はない。だがその跡にたたずむと、消え去ったあの白い研究棟こそ、20世紀生命科学の生命観が‘物象化’したものであることを改めて納得できる。あの知的空間が追憶のなかに繰り込まれ整序されることで、初めて私は、20世紀生命観を概念分析の対象に据えることができた。20世紀生命観を客体化するだけの距離感を獲得したのである。
 ここで、これからの長い長い議論のために、‘最深度の科学評論’について述べておきたい。
 ‘最深度の科学評論’とは、既存の科学論・科学史・科学哲学が無自覚に拠って立つ科学への接し方とは異なり、自然科学、とくに生命科学に対して、徹底的に批判的な眼差しを向ける立場である。
 概して、これまでの科学論・科学史・科学哲学は、19世紀の自然科学思想の直系に位置し、広義の科学啓蒙の範疇の内にある。科学は、宗教・迷信・邪説に抗して真理を追究し、人類を迷妄から救い出し続ける精神的営為であり、発展過程では紆余曲折はあったものの、いまある自然科学には欠陥はない、というのが暗黙の前提にある。
 これに対して‘最深度の科学評論’は、自然科学が人類の偉大な成果であることは認めながらも、同時に、研究活動も人間が行うものである以上、そこに欠陥が含まれているのは自然であると考える。
 それはちょうど、大学文学部の研究者が、文学作品についてあらゆる角度から分析と考察を重ね、ときには作家の個人的経歴や精神状態にまで踏み込んで論評する作業に似ている。精神活動の産物という点では小説も科学も同格のものとみなして、文学研究と同等の冷徹な眼を自然科学にも向ける。
 文学研究と、現在の科学論・科学史・科学哲学との対比は、たいへんに示唆的で、かつ有益である。
 作家は上梓後の作品について語ることは控えるものであり、作家自身による売り込みや自賛は品のない行為である。むろん作品の評価は、評論家や最終的には読者に委ねられる。
 だが科学の場合、科学者が科学を社会に向かって啓蒙し売り込む一方、文学作品に当たる学術論文を科学者ではない第三者が読み込んで、これに論評を加えることはまずない。その理由は、専門教育を受けていない人間が学術論文を読んで理解することは困難だと広く信じられ、現実的にも多分にそうだからである。
 普通、この構造的な断絶が問題視されることはない。だがこの専門論文読解能力の非対称性こそが科学者集団とその外部とを隔てる壁であり、‘最深度の科学評論’を行おうとする以上、何としてでもこの障壁は突破しなくてはならない。
 確かに専門論文を読むのは難しい。だが専門論文の実体は、記載内容の正確さを確保するために厳格に定義された専門用語が用いられ、併せて、表現の節約の目的で略表記が多用されているのに過ぎない。端から難しいと感じてしまうのだが、それは読み手の能力が劣っていくからではない。専門用語に未習熟で、略号表記に慣れていないだけなのだ。
 これらのジャーゴンや表記に慣れ、忍耐強く読み込んでいけば、概要はおのずと把握できるし(論文冒頭のサマリーは要約の程度が強すぎて、かえってわかりにくい場合がある)、なじみのない専門用語や表記についてはインターネットで検索すれば、大半の内容は推測でき、本筋は読み取れるはずであある。
 自然科学そのものがもうかなり以前に専門分化が極端に進んでしまっており、個々の科学者が理解可能な領域は著しく狭くなっている。専門研究者にとっても、外部から‘最深度の科学評論’を行おうとする者にとっても、論文解読の際の煩わしさともどかしさは、同じようなものなのだ。
 専門分野の細分化と隔離状態を打破するため、さまざまな水準のレビュー誌が出版されている(Nature Reviews シリーズが代表例)。また主要な専門誌も、伝統的な総説論文に加え、直近の話題や重要課題に焦点を絞った、‘ミニレビュー’、‘インサイト’、‘パースペクティブ’などの評論欄を設け、効率的な把握のために改善を重ねてきている。これらの多段階のレビュー作業の成果を活用すれば、部外者が専門論文を読み込むことは、実はそれほど難しいことではない。これまで、‘最深度の科学評論’が行われてこなかったのは、眼前にそびえる自然科学の壮大さに圧倒されて、これを総体として批判し論評ようとするだけの意欲を持たなかったからである。
 
 これまでの科学論・科学史・科学哲学が科学啓蒙からはずれることができない理由の一つに、自然科学が、19世紀には進化論を中心にキリスト教と対峙し、20世紀にはナチズムやソ連共産主義など政治イデオロギーによる介入と戦ってきた歴史を、共通の記憶として刻んでいることがある。
 これ以上は論じないが、自然科学がこのような宗教やイデオロギー的な介入に抗して、みずから真理の守護者として戦ってきた伝統の上にあることは、‘最深度の科学評論’として自然科学に向けて系統的懐疑をかける作業に、思想的・倫理的な抵抗を引き起こしてしまう外部条件が控えていることは、念頭に置いておかなくてはならない。
 「バイオエピステモロジー」の名の下で、自然科学の‘瑕疵問題’を論じ、現行生命科学の認識のあり方を‘統合失調症’的と表現していくが、このような語り方は、現行の科学論一般とは沿わないものである。‘反科学的’とする反発が出てくるのは確実であろう。  (つづく)