ニセ仙人山籠もり

再録:ネーゲリの主著をもっていた!

2021年4月4日 | バイオエピステモロジー, 科学哲学 | Download PDF

 ミネルヴァ書房は『究』という宣伝誌を出しているが、その2015年6月号の巻頭エッセイ「書物逍遥」に、私は、「ネーゲリの主著を持っていた!」という小文を書いている。それの内容を少し拡張して、再録しておく。

『究』2015年6月号の巻頭エッセイに補足。
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ネーゲリの晩年の大著『進化論(由来説)の力学的・生理学的理論』(1884)

 私の書棚に、羊皮背表紙の、厚さ5cmの洋書がある。40年ほど前、東大正門前の井上書店で、衝動買いをしてしまったものである。一見して、19世紀末の欧州で出版されてものと判る装丁で、当時の私の研究テーマとはまったく無関係であるのは明らかだったのだが、無理して購入した。確か、2万円だったと思う。考えてみると、井上書店に並んでいた生物学史関係で気になる本は、ほとんど買ってしまった。
 最近これが、C・フォン・ネーゲリ(Carl Wilhelm von Nägeli:1817~1891年)の主著、『進化論(由来説)の力学的生理学的理論 Mechanischi-physiologische Theorie der Abstammungslehre』(1884)であることに気がつき、仰天した。巻頭の右肩には、Dr. C. ISHIKAWA の青色のゴム印がある。東京大学理学部動物学講座の最初の日本人教授となった、石川千代松(1860~1935)の所蔵本だった。石川は、19世紀末に、A・ワイズマン(August Weismann:1834~1914)の研究室に出向しているから、この折に購入したものに違いない。ネーゲリは、ミュンヘン大学の植物学の教授で、植物細胞の研究では一大権威であった。だが当時、ブリュンの修道院長を務めながら交配実験を行っていたG・メンデル(Gregor Johann Mendel:1822~1884)が、ネーゲリに論文別刷りを送っても、まったく評価しなかったため、科学史上は、真理を圧殺した旧権威として、たいへんに悪名高い学者ということになっている。ただし、最近では、このような読み方は適切ではないことが明らかになっている。
 過去のそんな事情から、この本は、まず読まれることはない。しかも、日本にはほとんど入っていないようなのだ。東大は関東大震災(1923年)で図書館が消失し、その再建のために世界中から本が寄贈された。だから東大には、19世紀末~20世紀初頭にかけて、思わぬ種類の書籍や雑誌が多数入っているのだが、ネーゲリのこの本はない。日本の他の大学や公的図書館も所蔵していないから、これは貴重な資料であることになる。
 実は19世紀の生物学には、「実験」という発想はなかった。当時の生物学の重大関心のひとつは形態形成であり、成体の形がどうして作られるのか、観察結果に矛盾しない解釈のための理論を提示することが、生物学者の役割だと考えられていた。今日のように実験をしても、それは生命現象を攪乱させることにしかならなかった。今日的な意味で、生物学における実験操作を正当化する哲学を築きあげたのは、W・ルー(Wilhelm Roux:1850~1924)である。ルーが樹立した実験哲学は、20世紀に入ると生物学の全領域に浸透してゆき、その形態を一変させることになった。そのため、彼は、1908年にノーベル医学生理学賞の候補にノミネートされて以降、1924年に死去して受賞資格がなくなるまでは毎年、その候補に挙げられた。
 ネーゲリは、この本で、イデオプラズマ説という、形態形成に関する遺伝・発生理論を提案している。ところがこの本には、イデオプラズマ説と分子との関係について考察した、大変に長い補論がついている。つまりネーゲリは、たんに、ひとつの遺伝・発生理論を提案したのではなく、生命現象のすべてを物理・化学によって説明し尽すことを企て、実際に試みたのであった。そしてそれは、19世紀後半のドイツ生物学の精神の結晶ともいうべき、知的挑戦であったのである。
 このことを、21世紀の日本の社会にどう伝えたらよいのか、思わぬお宝を手にして、考えあぐねている。