ニセ仙人山籠もり

第1回ドイツ社会学者会議(1910年)における、A・プレッツに対するM・ウェーバーの反対意見

2017年10月21日 | 優生学史, 社会ダーウィニズム | Download PDF

 40年ほど前、社会思想史学会で、有名教授に怒鳴りつけられた事情をこのブログに書きとめたら、少なくない方々の興味を引いたようである。
 誤解のないよう改めて強調しておくが、私はこの教授を非難するつもりなぞ毛頭ないことである。
 氏の怒りは、正真正銘本物であった。それは、戦後日本の良心的知識人が強く抱いた信念体系そのものであった。
 このとき表出したその信念体系を、言葉にすればこうなる。現代最悪の政体であるナチズムを構成した思想はその先駆体をも含め、いっさいは超危険物であり、すべては徹底的に否定・批判されねばならず、その兆候が少しでも検知されれば即座に排除すべきで、それが知識人本来の使命である、という確信である。
 私が研究対象に選んだドイツ民族衛生学は、この戦後精神からすれば、第一に打破すべき潜在的な正敵であった。
 しかし、そのような振る舞いは、戦後30年以上経った当時になると、政治的スローガンとしてならともかく、歴史研究の態度としては不都合なものであることが直感されるようになる。
 戦後の深い反省に立って、なぜこのような事態の到来を許したのかを考え、関係した思想を告発するのもよいだろう。だがその起源を抽出してみても、それだけでは、ではなぜそれが危険な体制へと悪化し劣化していったのか、について研究しなくてはまったく意味を持たない。
 逆に特定の考え方を告発するだけの姿勢は、その時点の価値規範を過去のさかのぼって当てはめ、過去の事柄を一方的に裁断することになる。

20世紀初頭のドイツ-アカデミズムは、社会ダーウィニズムを明確に拒絶した
 社会科学系の研究が、生物学の議論を検証することなく、無節操かつ大規模に受け入れてしまったのは、新興国アメリカの研究者たちの場合であった。むしろドイツでは、以下に示すように、社会学会の場でウェーバーやテンニースらによって根本的批判にさらされ、この時代にはアカデミズムに受け入れられることはなかったのである。ドイツ-アカデミズムが劣化するのはワイマール期末期からであり、これについては海外で多数の研究成果がある。
 以下に、かつて『生物学史研究 No.36』(1979)に載せた、第1回ドイツ社会学者会議におけるプレッツに対するウェーバーの反対意見を、一部修正して再録する。
 このウェーバー vs プレッツの対決は、それまでに現れたたくさんの生物学的な社会科学の試み、いわゆる広義の社会ダーウィニズム構築の試みに対する、ドイツ社会学の本流からの最終的批判の場であった。この間の事情については、市野川容孝氏の「社会学と生物学」『現代思想 総特集 マックス・ウェーバー』(2007年、p.157~173)も見てほしい。
 私がとくに問題視するのは、日本の社会思想史の研究がいまだに、現在から見て“正しい”論を展開したウェーバーなどの研究に極端に偏りがちで、圧倒的な量と影響力をもったドイツの社会ダーウィニズムにはほとんど手がつけられていない事実である。
 以後このブログで、長い間、打ちかけの碁のように放置してあった、社会ダーウィニズムや優生学について資料の整理を行い、自分のために和訳したものはアップし、共有していこうと思う。
 たとえば、このウェーバーの反論のなかに、「まず、私ほどここから受けた刺激に感謝している人間はありますまい」という下りがある。“ここから”とは、プレッツが編集して1904年から発刊を始めた『民族-社会生物学雑誌 Archiv für Rassen- und Gesellschafts-Biologie』のことである。言うまでもなく、ドイツ民族衛生学(優生学)本流の雑誌であり、近くその序文をアップするつもりである。
 こんな場でウェーバーが嫌味など言うわけがなく、実際、入念に読んだはずである。結局、ウェーバーらは、19世紀後半ドイツの知的空間を満たしていた“因果論的説明”という魅惑的な言葉に促されて、社会的現象を、経済的、政策論的、民族学的、衛生学的、生物-自然科学的な要因に還元して説明しようとするすべての試みを批判し、それらを慎重に振い落しながら、社会学独自の法則性を抽出する学問的立場を確立しようとしたのである。
 最後に念のためにつけ加えておくが、原語はRasse一語であるところを、日本語の調子に合わせて、民族・人種・種族・種・品種と表していることを、ご了解願いたい。
    

Max Weber(1864~1920)
プレッツとはまったくの同時代人,
写真の印象もどこか似ている。

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第1回ドイツ社会学者会議における、プレッツに対するウェーバーの反対意見
 M・ウェーバー: みなさん、私がお話ししようと思っていたことは、いっぱいあります。とくに、もっと一般的な問題に触れようと思っておりましたが、これらは他の方々がじゅうぶん論じられました。ですから、昨日決定された、一度言われたことは繰り返さない、という取り決めに従って、私としては、いま少し定式化が可能と思われる問題もありますが、再論することは諦めます。私がここで行うのは、一まとまりの個別的な指摘をすることです。
 プレッツ博士は、いまの講演で、われわれの倫理が何千年ものあいだ、隣人愛の原理で支配されてきたという指摘で始められた。しかし、その期間はどれほどなのか? それでどういう結果になったのか? そして、民族衛生学的に“より良好”であった過去に比べて、現在はこの原理は強化されたのか? 確かに、正規のカトリック公教要理の中で、この原理は今日も中世と同じような位置を占めている。だが、現実の生活が、このような公式の規範でどの程度把握されるのか? さらに、昔より現在の方が民族衛生学的に不利であるとして、淘汰が〔現実の生活に〕どの程度、影響を与えているのか? この点が問題である。
 確かに、中世においては、人口の増加に関して厳しい淘汰がかかっていた。幼児死亡室〔の高さ〕に加え、自立生活ができない人間に対して実質的あるいは法律的な結婚制限が次第にきつくなった。ことに、下層階級に厳しく作用した。確かにこの点は民族衛生学的に無視できないところである。だが一方で、隣人愛の原理は中世において、肉体的にも精神的にも欠陥のない人間を修道院に引き入れ、司祭や騎士修道院の人間に独身生活を強いることなった。このため、彼らは繁殖の機会が奪われた。同時に、この原理によって乞食が組織的な援助を受けることになった。
 いま、中世から現代への発展過程をみるとき、キリスト教の基本的枠組みの中でこの原理の地位はむしろ後退してきたように、私には見える。これは、いったん聖典を確立してしまった宗教については、疑問の余地のないところである。例として、私はカルビニズムを挙げる。カルビニズムでは、貧困や失業を、ある場合には個人の責任とするか、神の計り知れない思し召しの結果であるとみなし、これに即した対応をする。それに“弱者”は繁殖から厳しく排除された。このような信仰が基本になっていると、プレッツ博士が、その視点から危惧しておられるような意味で、隣人愛が入る余地は全くない。さらに私が疑問に思うのは、一般的に言って、現代の発展が、われわれの社会の内部に人類愛を蔓延させたため、差し迫った危機に直面する、そのような道を歩んでいるのか、ということである(爆笑)。
 また、普通、社会政策と呼ばれているものも、さらに非常にさまざまなもの、とりわけプレッツ博士の立場からみて民族衛生学的に重要な意味をもつものがある。——普通の言葉で言えば、肉体的・精神的には強者だが財布の中身が軽い者——。この民族衛生学的に価値はあるが、社会の下層にいる者の場合などは、出世の機会や正常な繁殖の機会は与えられるべきだということになり、ただし、そのようにしたところで、必ずしも無差別な隣人愛の結果によるものではあるまい。
 プレッツ博士は次のような指摘をされた。花の盛り——これは文学的表現ではなくて——社会状態としての花の盛りは、常に民族(Rasse)の盛りに依存している、と。まあだいたいこんな調子である。みなさん、そこでよく用いられている“社会 Gesellschaft”の概念も、“民族 Rasse”の概念もまったく同様です。それは、今日の状況と現在のわれわれの研究方法をもって、いささかでも論証できるものだとは、私には全くのところ思われません。私は、このおなじみのテーゼに古代の発展基盤を求める理論がいくつかあることは、よく存じております。有名な歴史家もしばしば同様に主張いたします。たとえば、こういうのがそうです。古代文化の崩壊は、世界を支配していた強力で有能な人間が、戦争と徴兵によってすっかりいなくなってしまったことである、と。
 しかし現在では、歴史の発展はこの逆であったことが明確に示されている。ローマ軍は、初めは自分たちの民族から徴雇された者たちであったが、次第に非イタリー人から補充されるようになり、最後は全員がそうなってしまった。つまり、これ以後は、徴兵という目的では次第にローマ帝国の人間は採用されなくなり、野蛮人が使用され、その防衛の任にあたったのである。このたぐいのテーゼを、例としてさらにつけ加えなくてはならない理由は、何一つない。
 さらに今日では、古代文化の大変革の基盤が、おもに民俗学的な過程であったと明言しうるまで、事態が解明されている。つまり、〔民族の〕消滅だったのではない。将校や官吏からローマ人を意図的に締め出すことが行われたような、“民族衛生学的 rssenbiologisch”な意味のものでは決してなく、ローマ帝国の運命にとって重要だったのは、伝統的価値観の断絶、将校や官吏その他の地位への、伝統や文化をもたない民族や野蛮人の登用、さらには古代の良風や知識階級の衰退、ローマ軍の古い伝統の衰退、これらを通しての、昔からの行政能力の崩壊である。そして、これらはすべて、行政の経済的変化の副産物として明確に説明しうるものばかりであるから、民族(Rasse:人種)理論を捕捉として用いる必要など、まったくない。
 ただし、ここで言っておかなければならないが、私は、今日でもこの種の要素はあまりはっきりしない形ではあるが、作用していることを躊躇なく認める。しかし、われわれは、これについて何も知らないし、将来も決してわかることはないだろう。そして、現在もしくは将来、それが制御不可能なほど都合よく仮説に仕立て上げられてしまった暁には、今度はそれは科学的方法とは衝突することを、われわれは十分な根拠の上でよく知っている。だが一般にはよくこう言われる。「社会状態の盛りは民族の盛りに依存している」と。
 みなさん、かりにここでは、“民族 Rasse”を、素人が普通に考えるようなものとして了解しておきます。つまり、交配を通じての遺伝的な規範型の繁殖統一体としてです。するととたんに、私個人はまったく困惑してしまうのです。私は、自分がいくつかの人種(Rasse)の交雑したもの、もしくは民族学的に独特な国民性をもったものであると感じているし、ここにお集まりの方々の中には似たような立場の方がたくさんおられると信じます。私は一部フランス人で、一部ドイツ人で、また確実にケルト人が少し混じったフランス人でもあります。ケルト人も“人種 Rasse”と呼ぶとして、では、どの人種が私の中で花開くのか? さらに、ドイツの社会状況の中ではどれが花開くのか? 花開くべきなのか?
 プレッツ博士(差し挟んで):あなたがいま言われたのは、系統学的人種(Systemrasse)です。それは変種のことです! 私は、生活種族(Vitalrsse)について言っているのであり、これは変種とは全く関係ない。これらすべての変種は少なくとも、生活種族の一部なのだ。
 M・ウェーバー博士(続けて):人種概念のもつさまざまな可能性については、もっと言っておかなければならない。いま私は、自分をあなたの立場に置いて、その上で、明らかに神秘的な特徴をもつ表現がいかに多いかを、確認しておきたい。「民族として花開く」もしくは“人種”がある特定の意味で反応する、と言うとき、それは本当は何を意味しているのか? もし民族が血液統一体でないならば、民族は“統一体である”ということは、いったい何を意味するのか? この“統一体 Einheit”が存在するとなれば、生理的に正常な繁殖能力が——雑種ではこれが低下する——決まってくるのか? 特定の文化的要因を展開させる能力が〔民族〕“保持のための必要条件 Erhaltungsgemäßen”に属しているのか? あるいは別なのか? 後者だとするならば、われわれは“生活種族”の概念によって、際限のない主観的判断(subjektive Wertungen)の領域に踏み込んでしまう。そして、プレッツ博士は民族と社会との関係をたてる折にも、この領域に入り込んでいるように、私にはみえるのだ。確かに、もし民族が、真に経験的な指標によって確定できるという意味で、相互に明確な存在であると仮定し、かつ“社会”という便宜的な概念を、社会関係と社会制度に置き換えるならば、それぞれに個性をもつ社会制度は、ある程度、ゲームのルールだと言うこともできよう。つまりこれが、人間のはっきりした遺伝的質を淘汰する場合に評価機能をもち、“勝利”し昇進する機会を与えるか、さもなくば、これとは同じものではなく、まったく別の法則に従って、要するに、繁殖の機会を授与することになる。この、機会の不均等が存在するということ、これは今日そうであるばかりではなく、将来、出現しうる社会主義的未来国家でも相変わらず、これ以外のものではありえないであろう。ただ、このような社会主義的未来国家では、いまの社会と同じような力や運や繁殖や交配の作用を受けて、結果的にその遺伝的質は違ったものとなっているだろう。ともかく、他とはずっと違ったものになるだろう。
 もし、ある人間が淘汰作用をそのままにしたまま、意のままに社会を調整できるとするならば、われわれは、次のような問いを発することができる。どんな遺伝的質が社会秩序XあるはYの下で、そのような機会が与えられるのか? この問いは、私には、われわれが受け入れることができる純粋に経験的な問いであるように思われる。と当時に、この逆もある。どんな遺伝的質が、ある特定の社会秩序を可能にし、もしくは、可能にするであろうような前提たりうるのか? 
 これもまた、意味ある問いでありうるし、現存する人種に対しても適用できる。ところが、この定式化を受け入れるとすると、プレッツ博士が定義した民族(Rasse)概念をもってしては——少なくとも、かりにこれを信じたとして、私は全く逆だと信じているが——、何も事が始まらないことに、すぐ気がつく。というのも、彼の民族概念が十分洗練されたものであるとは、私にはとても思えないからである。それに、みなさん、このことは、この特殊な民族概念の適用によって、厳密な社会学的研究に対して、これまで本当に何が生み出されたのか、を問うてみれば確かめられます。みなさん、そこから非常に機知に富んだ興味深い理論が、現れています。プレッツ博士編集の雑誌は、提出可能なあらゆる制度および現象に関する——かなりうらやましいほどの精神的充足によって生み出された——仮説の、まったくのところ無限の武器庫であります。そして、まず私ほど、ここから受けた刺激に感謝している人間はありますまい。
 しかし、現在でもなお、社会学に関連するであろうような単純な事実があるということ、妥当かつ有効、厳密かつ反論の余地なく、社会現象の特定の型が、ある種の民族や他の民族が明確に保有している生得的もしくは遺伝的質に起因するという、厳密で具体的な事実があるということ——気をつけなさい、これは明らかに否だ! 私はこれを絶対に否定するし、とことん私が納得するまで反対する。
 たとえば——これは一般によく信じられていることなのだが——、今日の北アメリカにおける白人と黒人のあい対立する社会的地位は、異論の余地なくその民族的質に帰すことができるということ、これは正しくない。これに関して、その遺伝的質が強く関わっている可能性がきわめて高いということはありうるが、私には主観的なものに見える。どの程度、それに第一、どのような意味でそうなのかは、はっきりしていない。みなさん、たとえば次のような主張はあるし、これまでにもあった。それにプレッツ博士の雑誌でも、非常に有名な方たちが主張しておられる。
 白人と黒人との対立は“民族本能 Rasseninstikt”によるものだと。私は、この本能とその内容を実証していただくよう切にお願いする。
 別の例も挙げなくてはならないでしょう。白人は黒人の“臭いに耐えられない”というのがある。私は、自分自身の鼻を引き合いに出すことができます。私は、非常に身近に接したことがありますが、このようなものはまったく認められませんでした。黒人が体を洗わないとちょうど白人の臭いがするし、この逆もしかりである。私は以上のような印象をもった。さらに挙げておけば、南部では、婦人が手綱をとって黒人と肩と肩とが触れんばかりにぴったりと並んで馬車に座っているのは、日常よく見かける風景であるということだ。そして明らかに彼女は、臭いに閉口などしていないのだ。黒人の臭いというのは、これまで私の見るところでは、新たに黒人を追い出すための口実として北部が発明したものである。みなさん、もしいまある人間を生まれたときから黒い色を膚にしみ込ませることができるとすると、その人間は白人社会ではどこかしら不安定で特殊な地位に置かれることになるだろう。ともかく、生得的で遺伝的な本能に因るとされている、この国の特殊な民族(人種)関係の根拠として、当てにできるものは提出されていない。ただし、この根拠もいずれかは提出されよう、という見解を私自身認めることになるのかも知れない。しかし、差し当たり、さまざまな民族(人種)のこの“本能”がまったく異なったものに対して機能しており、しかも、それが種族保持の必要性とは全然関係がないものに由来している、という点に着目しよう。
 かりに、黒人とインディアンに対して、アメリカにいる白人が全く異なった評価を与えたとする。このとき、インディアンに対する白人の評価の根拠は、まずこう定式化されることになろう。「彼らは奴隷にさせられなかった」(英語)――彼らは奴隷になったことがない、と。確かに、彼らが奴隷となったことがないということが、彼らの特質の根拠となっているかぎり、彼らは大農園資本主義が要求する仕事量には耐ええない——ただし、これが本当に遺伝的特性によるのか、あるいは彼らの伝統であるにすぎないのか、は疑問である——黒人はそれをやっているのだ。しかし、この状況は、意識的・無意識的にかかわらず、白人に独特な別の応答“本能”を形成することになる。だがむしろこれは、古い封建時代の労働蔑視であり、この場合は社会的要因として働いているのである。この点で私はプレッツ博士を……。
プレッツ博士(差し挟んで):北部では違う! 労働蔑視という要因は働いていない)。
M・ウェーバー教授(続けて):まずもって第一に、それは現在では絶対に正しくない。それに現在、北部では黒人蔑視がある。第二に、もしみなさんが労働組合内での黒人の地位を調べてみれば、彼らが、スト破り、伝統的に無欲ゆえに要求を出さずに喜んで働く者として、非常に軽蔑され、恐れられていることが、わかるでしょう。そして最後に、次のことは誰もがすぐ承認するでしょう。現代のアメリカにおけるブルジョワは、他の国の場合と同じように、ダーウィンやニーチェをプレッツ博士のような状況で読み、彼らはこう結論づけるのである。人間というものは——私はこれっぽっちも嘲笑して言っているのではない——、言葉の現代的な意味での貴族たらんと願っている人間はとくに、もともと軽蔑視する対象を何かしら持っているものであるし、彼らアメリカ人も、ヨーロッパ的意味で貴族になりがたっているのであると。
 これは、たまたまアメリカでこのような付帯現象を伴って成熟することとなった、単なる欧化現象とも見ることができる。
 さてみなさん、もうこれで若干のしめくくりの指摘に入ります。
 プレッツ博士は、“社会 Gesellschaft”を生命存在として特徴づけられ、そしてそれは、よく知られているように、ことに彼は強い調子で細胞国家と類似物の血族関係が基盤になっている、とされました。あるいは、プレッツ博士の目標にとって、このやり方で、何がしかの生産性が生まれるのかも知れません——もちろん、この点についてはご本人が一番よくご存じでしょう。しかし、社会学的研究にとっては、いくつかの厳密な概念を継ぎ合わせて不確かな概念を作ってみたところで、有用なものは何ひとつ生まれては来ない。この場合もそうなのである。
 われわれは。各個人の行動を、思考の上で追体験し了承するという可能性をもっている。もし、人間の社会的集団を、もっぱら動物の社会的集団を研究するような方法でのみ把握しようとしても、そのような認識方法は放棄することになるでしょう。人間にだけ適用でき、動物に対してはできないようなものがあるのだ。他でもなく、まさにこれこそが、何かある見解の根拠を求めるために、ハチの国家と人間や人間の国家とのアナロジーをまったく無批判に当然のものとして用いることに反対し、一般的に言って、われわれの目的にとっては何の有用性も見つけることはできない理由である(まさにその通り!)〔ヤジ〕。
 最後に、みなさん、プレッツ博士は、社会学説は民族生物学(Rassenbiologuie)の一部だと言われました。
プレッツ博士:社会生物学(Gesellschaftsbiologie)だ。社会学説一般ではない!)
M・ウエーバー教授:よろしい。では、これは私の責任であるから打ち明けておきましょう。私は、社会生物学と民族生物学とがどう違うのか、全くわからない。あるいは、社会制度と、私がすでに述べたような一定の形質の淘汰との関係は、社会生物学の研究対象とすべきである、ということなのだろうか。
 これに関して私は、たった一つ、一般的な指摘を加えておきたい。まだ、学問が存在しない前から、学問の領域と分野を設定し、これはわれわれの科学に属す、あれは違うなどと言うことが有益なこととは、私には思われない。こんなことをやっていれば、まったく無益な論争が増えるばかりである。われわれは当然、こう言えることになってしまうのだ。究極的にはすべての社会現象は地球上で起こっているのであり、地球という惑星は太陽系の一部であるのだから、いっさいの現象は、ほんらい天文学の対象になるべきだ。それに、まさにそれが無目的なものであるがゆえに、望遠鏡によって全く偶然に地球上の現象として観察されるようもっと他の手段で扱われるのだ、と。
 しかし、ここから何が出てくるのだろうか? 私は、いまなお次のことは全く疑問視している。淘汰現象のような生物学が扱うべき異論の余地のない現象があり、これが社会制度との関連を持つこと、そして非常に多くの場合に、この社会制度が民族(人種)の遺伝的質の中に刻み込まれているということ。さらに、何らかの対象や問題のある一面を、あらかじめ特別に構想立てた学問の一部だとして、これらを取り込んでしまうことが、何か意味があることだとすること、以上がそれである。
 氏の民族生物学に、われわれが期待するもの、そして——私は、プレッツ教授と氏の友人たちとの仕事から受けた印象によるかぎり、何も疑っていないのだが——いつかは確実にやりとげられるであろう、とわれわれが思っているのは、確固たる個別的関係の厳密な証拠、および社会生活の実際の個別的現象に対して、遺伝的な質が本当に具体的・決定的に作用しているのを示すことである。みなさん、これがこれまでに欠けていたものです。これは、非常に若い学問にとっては非難とはなりません。ただし、これは事実として確認しておかなければなりません。こうしておけば、このような新しい学問領域を襲うユートピア的熱狂によって、この学問が堕落し、その新しい領域が独自の問題定立の本質的限界を見失ってしまわないようにするためにも、役立つでしょう。
 今日、われわれは、全世界が、たとえば芸術をも含め存在するものいっさいが、純粋に経済学的に説明しうると、かつては信じられていたことを知っている。また、われわれは、現代の地理学者はすべての文化的現象を“地理学的観点から”論じることを知っている。しかし、彼らはわれわれが知りたく思っていることを、何か教えてくれるわけではないのだ。それは、言ってみれば、個々の場合、文化的現象の固有で具体的な要素のうちの、どれが気候的あるいは同様な真の地学的因子で規定されているのか、ということに関してなのだが、彼らは、これに答える代わりに、“地理学的”説明としてこのように記すのだ。「ロシア教会は排他的である」。そこで彼らに、この説明は地理学とどう関係あるのか?と尋ねると、こう答えるのだ、ロシアはロシア教会が局地的に普及している地域であり、これは地理学の対象なのだ、と。
 個々の学問は、それ自身が何であり、ただ、何ができ、何をすべきかという専門化が行われないかぎいり、その目的を見失うものだ、と私は信じる。だから私は、社会現象の生物学的考察が同様の状況に陥らないよう、切に希望する次第である。
(討論は続くが、以下略。米本昌平訳)

(テキストは、Verhandllungen des ersten deutuschen Soziologentages、p.151~157、1911年、およびGASS、p.456~462。米本の訳の初出は『生物学史研究 No.36』1979年、p.43~53。一部修正)


第1回ドイツ社会学者会議講演集(1911年)